有松鳴海絞りに出会ったきっかけ☆

   | 
こんにちは^_^
有松で仕事をしていると、よく聞かれることがあるんです。
有松鳴海絞りに出会ったきっかけってなんですか?
そうですね、気づけば職人歴は10年。若手では、1番長い経歴になりました。
そこで今日は、なぜ有松の職人になったとか?そのきっかけと、1番初めに手掛けた作品についてお話したいと思います。
有松絞りに出会ったのは、大学の授業でした。
15回の授業の授業中で、三ケチという言葉を知りました。
もともと染色に興味があった私は、その三ケチをテーマに卒業論文を書き始めたのがきっかけでした。
三ケチとは?古くから日本で行われてきた染色技法です。蝋纈(ろうけち)、夾纈(きょうけち)、纐纈(こうけち)があり、これらを総称して三纈(さんけち)と呼びます。論文を書いていくうちに、1番興味を持ったのが、纐纈の絞り染めでした。^_^
それまで、絞り染については、全く知らなかったわけではありません。これまでは、輪ゴムや割り箸で締めたり挟んだりすることだけが、絞り染だと思っていたんです。
調べれば調べるほど、技法により
使う括り台というものがあって、すごい職人さんがいて、どんどん興味をもっていったことを今でも思い出します^_^
実際に産地である、有松に訪れたのは卒業論文を書き終えたあとの夏でした。
作りたい作品のデザイン画と、今まで授業で作ったサンプルをもって有松会館へ行きました。
そのときに、会館の職員の方が紹介してくれたのが、のちに弟子入りすることになるsuzusanの村瀬氏でした。
見るからに強面な頑固そうな見た目。そして会った瞬間に言われた一言は「お前には無理だ」でした。
でも、話していくうちに、「今から作業場に来い!」に変わっていったんです^_^
なにか、必死に熱意みたいなもの伝えたような記憶があります。
これが、弟子入りするきっかけです^_^
それから、しばらく一緒には、ラオスから来た英語も日本語も全く話せない男の子と、日本に来たばかりの妊婦のドイツ人女性と、日本人の私、というなんとも、不思議なメンバーで、弟子入りがスタートしました^_^